西安の歴史と成り立ち

1、周王朝、陝西に興る(伝説~古代)
釣り人、分王を待つ

西安が歴史の表舞台に登場するのはBC11世紀。陝西省で興った周は、現在確認できる最古の王朝である殷に代わって中原の支配権を確立する。この殷周の王朝交代に貢献したのが周の武王に仕えた太公望呂尚だった。呂尚は、武王の父文王に見出された賢人だが、2人の出会いについては、西安郊外の渭水の畔での故事が有名。当時、使えるべき君主を持たなかった呂尚は、渭水で釣りをしている際に通りかかった文王に見出される。そして、文王・武王の二代にわたって周を補佐、悪政を極めた殷の紂王を討ち果たした。以後、周は、BC770年に東の洛邑(現洛陽)に遷都するまで、現在の西安郊外の鍋京を都として発展してゆく。現在の西安郊外には、この釣り人が文王に見出された場所が古跡として残されている。

2、全中国を統べる首都の誕生(古代)
始皇帝、帝都造営

史上初めて中国を統一する秦の都として、BC350年以降発展したのが現在の西安近郊、渭水盆地にある咸陽だ。始皇帝はここに阿房宮などを造営、更に後に兵馬俑として発掘される壮大な地下宮殿を建造した。続く漢代には現在の西安に当たる長安が都となり、一帯は古代中国の中心地として発展する。

3、シルクロードの玄関となった世界都市(中世)
玄奘、西域へ発つ

長安は唐代にも首都となり、同時にシルクロードの玄関口として繁栄。7世紀には、この地から玄奘(三蔵法師)が西域へと旅たち、後にインドまで至り幾多の仏典を持ち帰った。こうした文化の交流は、長安を当時世界最大と言われた世界都市へと発展させることになる。

4、全盛を極めた唐王朝の栄華(中世)
玄宗と楊貴妃の恋

唐の第6代皇帝玄宗の時代になると、「開元の治」と呼ばれる善政が敷かれ、長安は更なる繁栄を見せた。しかし、玄宗が楊貴妃との恋に落ち政治を省みなくなると、節度使(地方の軍団長)であった安禄山が反乱。この乱は辛くも鎮圧されるが、以後、軍は独立傾向を見せ唐の国運は傾いてゆく。とは言え、玄宗と楊貴妃の恋は華清池などに見られる豪華絢爛な唐の全盛を後世まで語り継ぐことになる。

5、中国の危機を救った西安事件の舞台(近現代)
張学良、蒋介石を説く

唐以降、西安が最も注目を集めたのは1936年。日中戦争勃発直前のこの年、内戦を繰り返す国民党と共産党を団結させるため、張学良は国民党主席の蒋介石を西安で監禁、国民党を共産党と和解させ、国共合作へと導いた(西安事件)。この統一戦線は、第二次世界大戦の終結までその機能を果たした。

西安とその周辺に都を置いた諸王朝

周(BC11世紀~BC256)
陝西省に興り鎬京(西安近郊)を都とし、武王の時に殷を滅ぼす。BC770年、第12代の幽王の時、異民族の犬戎に攻められ洛邑(現洛陽)へ遷都。この東遷以前を西周、以後を東周と呼ぶ。

秦(BC8世紀~BC206)
もとは周の小国だったが、東遷の時に功を立て諸侯となる。BC4世紀、孝行の時に都を咸陽に移し、郡県制などの中央集権体制を確立。BC221年には始皇帝が戦国6国を滅ぼし中国を統一。

前漢(BC202世紀~AD8)
始皇帝死後の混乱の中から劉邦が出て項羽との争いを制し中国を再統一、長安に都を置いた。第7代武帝の時が全盛で、西域や南越まで領土を拡張。AD8年、外戚の王莽に新を建国され滅亡。

隋(581~618)
楊堅が建国し、589年中国を統一。大興城を旧長安城の東南に築き都とした。中央集権化を推進し、第2代煬帝の時に南北を結び大運河を造営するが、高句麗遠征失敗の後、反乱を招き滅亡。

唐(618~907)
李淵が建国、李世民(太宗)や玄宗の時代が最盛期。都長安は東アジア世界の政治、経済、文化の中心として発展、人口100万人を擁する世界最大級の都市となるが、唐末の反乱で破壊された。

西安の成り立ちを知るキーワード

半坡遺址
西安の東郊外にある。BC3000~4000年頃に生じた仰韶文化と呼ばれる農耕文化の遺跡。新石器時代に分類され、住居跡などが残されている。

咸陽
秦が建てた都で、現在は西安市の北西30kmにある市。西安咸陽空港もここにある。茂陵、昭陵などの陵墓を始め多くの名所が点在。

長安
前漢、新、西魏、北周、隋、唐などの都。現在の西安市街。唐代の長安城の規模は東西9.7km、南北8.2kmで、742年の人口は推定196万人。

渭水
甘粛省に水源を持つ黄河の支流。陝西省で黄河に合流する。流域の渭水盆地に西安があり、古代中国では「関中」と呼ばれた一大中心地だった。

西安ゆかりの日本人 ~阿部仲麻呂と空海~

奈良時代717年に遣唐使として吉備真備らと共に入唐した阿部仲麻呂は、帰国時に台風に遭遇、やむなく長安へ戻り唐の役職に就いた人物。興慶宮公園にある望郷の念を綴った記念碑は必見。804年に長安へ渡った空海は青龍寺で真言密教を学び、帰国後に高野山で真言宗を開いた。唐代にはこうして日本からも多くの留学生や僧が中国を訪れている。

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