西安人物伝
西安にゆかりのある人物を紹介しています。
空海(774~835年)
弘法大师の諡号で親しまれる真言密教の開組。804年に唐の都・長安に渡り、中国密教界の第一者である恵果阿闇梨のもとで学び、帰国。816年に高野山金剛峰寺を創建した。後に「弘法筆を選ばす」とのことわざが生まれるほど書家としても名高く、嵯峨天皇や橘逸勢とともに三筆の一人に数えられる。
阿倍仲麻呂(700~770年)
藤原定家による秀歌撰『百人一首』でも有名な「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも」の望郷詩を詠んだ奈良時代の詩人。717年に遣唐留学生として唐に渡り、科挙に合格して官僚の道を歩み、安南節度使としても活躍した。中国名は朝衡。再び日本の土を踏むことなく長安の都に没した。
玄宗皇帝と楊貴妃
唐の絶頂期に在位した6代皇帝・玄宗(685~762年)は、富国強兵に務めた名君であった。
その後、楊貴妃(719~756年)を妃にしたことから、次第にその美貌に溺れて政治を顧みなくなり、国は衰退していったという。安史の乱の際には部下に迫られ、ついに玄宗自ら、楊貴妃に自害することを命じたとされる。
掲載予定
・蒋介石


